2016年2月19日金曜日

弦楽四重奏の楽しみ方 エッシャー弦楽四重奏団 マスタークラス


♪--------------------♪--------------------♪--------------------
こんにちは、MUCHOJIです。
初めて当ブログをご訪問の方は、「はじめに」をお読みください。
-----------♪------------------♪--------------------♪-----------

2016年2月18日
エッシャー弦楽四重奏団 マスタークラス 

from Escher Quartet website

ニューヨークを拠点に活動するエッシャー弦楽四重奏団による
マスタークラスがチェンバー・ミュージック・ソサイエティ
The Chamber Music Society of Lincoln Center(CMS)で行われたので
どんな人が聴講しに来るのか、
という興味もあってちょっと覗いてみました。

場所はジュリアード音楽院に隣接するビルの10階ローズ・スタジオ。 
100人ほど収容可能なこじんまりとした会場に入ると、
おおぉ… アジア人がいない。平均年齢めちゃくちゃ高い。 

知り合いの弦楽四重奏メンバーが、
弦楽四重奏のコンサート開いてもお客さんがシニア世代ばかりでね… 
とよくつぶやいているのを聞くけれど、まさにそう。
学生ひとりもいません。

人種の多様性を少しだけ広げ、平均年齢を少し下げるのに貢献してみました。 

ざっと眺めてみるとお客さんには、上品なユダヤ人の方々多し。

さらによく見ると、他の室内楽のコンサートに行ってもよく見かける
同じ面々がちらほら。 

どこに行っても同じ室内楽ファンに出会ってしまう、というのは
ニューヨークでも、東京でも、名古屋でも同じなのかも。
コアな室内楽ファンの人数というのは都市の大きさに関わらず、
ある一定数に留まるのかな? 

さて、今日のマスタークラスの講師はエッシャー弦楽四重奏団
2005年結成のニューヨークを拠点に活動するアメリカの弦楽四重奏団。
ツェムリンスキーの弦楽四重奏を全曲録音(2012-14年)したときに
話題になったのでご存知の方も多いかも。

ツアーの記録を見る限りでは、北米とヨーロッパツアーが中心で、
日本にはもしかしてまだ来演したことがないかも?

会場のCMSのレジデント・アーティストということで、
このマスタークラスが実現したもよう。 

ウェブサイトを見るとトップページの写真はなぜか
中国系の食料雑貨店の前で撮影されたもので
お店の名前が入っててなんだか宣伝っぽい? 

さて、本日の受講団体は2団体。
どちらも学部生によって結成されたとても若い弦楽四重奏団。

ジュリアード音楽院で学ぶ弦楽四重奏団と、
ノースカロライナ大学の音楽学校North Carolina School of the Arts
で学ぶ弦楽四重奏団です。 

ジュリアード音楽院の学生が先に受講することになっていましたが、
順番を入れ替えて、
先にノースカロライナ大学の学生による弦楽四重奏団が
受講することになりました。 

クァルテット名がないようなので、
ここでは仮にノースカロライナ大学のクァルテットをNCQ、
ジュリアード音楽院のクァルテットをJQとします。(長いので。) 

NCQが持ってきたのは、なんと20世紀イギリスを代表する作曲家、
ベンジャミン・ブリテンの弦楽四重奏曲 第1番 ニ長調 作品25。
極めてレアです。

2013年にブリテンの生誕100年記念によってブリテンが一躍注目を浴びるまで、
生演奏に触れる機会はあまりなかったと思います。

エッシャー弦楽四重奏団ですら、
数年前まで弾いてみようと思うことがなかったという。 

第二次世界大戦中に、
反戦家だったブリテンは兵役を逃れて
イギリスからアメリカに渡っていたのですが、
その間に書かれた作品(1941年)。

一度聴いたら忘れられないほどの印象的な冒頭に始まるのですが、
しばらく聴いていると洒落たタッチというか、
軽妙な雰囲気も多くて、ジョークみたい。

コープランドとかアイヴスといった、
20世紀アメリカを代表する現代作曲家の影響を受けているのでは、
という部分もあります。 

この曲のもっとも難しいのは、高音で極度の緊張を要求する、その冒頭部分。
ほぼ全員が二十歳の学生で構成された弦楽四重奏団が取り上げるには、
技術の面でも表現力の面でもかなりハードルが高い曲です。 
エッシャーQはブリテンを録音してないので、ベルチャQの録音をご参考にどうぞ。
BRITTEN, B.: String Quartet No.1 in D Major, Op.25

そのほかの部分も、幅広い音色の違いやコントラストを要求します。
思ったとおり、エッシャーQによる指導は、
テクスチュアの違いやカラーの表現方法を中心としたもの。
「ベルベット」「氷」「瞑想」「動揺」とか、
わかりやすい具体的な表現でイメージが伝わるように指導。 

アメリカっぽいなと思ったのは、常に褒めながら音楽作りをしていくところ。
「better… much better…great!」などと繰り返し褒めながら少しずつ直して、
だんだん音色が変わっていきます。 

短い時間で習得するのは難しい課題ですが、
マスタークラスが終わることには、
色彩がとても豊かになって、
複雑なテクスチュアの曲だということが随分わかるように聴こえてきました。
化学変化のよう。

若い弦楽四重奏団は単に多様な音色の出し方を知らないだけなので、
それを教えてもらうだけで、
平坦な音楽が色彩豊かな音楽に変わっていきます。
逆に言えば、受講者が結構高いレベルの弦楽四重奏団だと、
そうでない弦楽四重奏団ほど劇的に変わるわけではないので、
聴講者にとっては違いを聴き分けるのがちょっと難しいよね、という感じ。
後半に演奏したJQの方は後者にあたるかも。

面白いなと思ったのは、エッシャーQの第1ヴァイオリンのアダムさんが
「ソロ演奏ではある部分で第1ポジションを選ぶか第2ポジションを選ぶか、
といったポジションの違いは個人の出したい音に依っているけれども、
弦楽四重奏では、グループ全体の音色のために決めなければならない時がある」
と言っていたこと。

実際、ヴィオラの子がポジションを変えて演奏したら
とたんに音色が他のメンバーとマッチしたので、
会場が一気に湧きました。 


2団体目のJQが受講曲に選んだのは、
レオシュ・ヤナーチェクの弦楽四重奏 第1番 「クロイツェル・ソナタ」。 
チェコの中でもボヘミアよりもより東のモラヴィア地方に生まれたヤナーチェク。
そのせいか、彼の音楽は、
ボヘミアのスメタナやドヴォルザークとはちょっと違って、
野趣とでも言うべき民族色がくっきりと現れています。

弦楽四重奏曲第1番は、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ
「クロイツェル」を物語の重要な小道具として用いたトルストイの小説
「クロイツェル・ソナタ」のあらすじを、なぞるように作曲されたもの。

1923年の作。同時代の作曲家の一歩も二歩も先を行く、
あまりにも現代的な響きを持つ特異な作品です。 

トルストイの原作では、猜疑心深い老人が、
ベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」を自分の若い妻と、
ヴァイオリニストが親密な雰囲気で演奏し談笑しているのを見て
不倫の仲にあると思い込み、殺害するに至る心理が
モノローグとして語られます。
そして「恋愛の原動力となる性欲は人間生活の悪」とする持論が展開されます。

けれども、ヤナーチェクは結婚に縛られ殺されてしまった物語のヒロインに
むしろ同情と共感を寄せていました。
そしてこの物語の悲劇的な結末に対するトルストイに
疑問を投げかけるかのように、この作品を書きます。
したがって、このような心理的で特異な音楽が生まれたのです。

実際、この曲の背景には、当時すでに60歳を過ぎていたヤナーチェク自身が
夫のある身である38歳年下の女性、カミラ・シュテッスロヴァーに
熱烈な恋慕を寄せていたという事情があります。
彼が生涯に彼女に送った手紙は720通以上とか。
その彼女への恋文が、有名な弦楽四重奏曲 第2番「内緒の手紙」となるわけ。

曲の内容はともあれ、
まず、 JQの演奏は正直二十歳の子たちとは思えない
かなりレベルの高いものでした。
経歴を見ると、すでに国際コンクール受賞歴を持っている子もいるし、
皆スカラシップやフェローシップを受けていて、
楽器もG.P.マッジーニやらP.グァダニーニやら、
名器を貸与され使用している子がほとんど。
ソロでも今後の活躍が期待できそう。 

そして見た目にも興味深くて、
第1ヴァイオリンとヴィオラはアフリカン・アメリカン、
第2ヴァイオリンは白人、チェロは中国人。

3人はスーツなのに第2ヴァイオリンの白人の女の子は
一人だけ真っ赤なセーターを着て登場。
そしてヴィオラのアフリカン・アメリカンの男の子は
ドレッドヘアーです!!!

うーん、こうした若い弦楽四重奏団が今後アメリカには増えていくんだろうな、
と思うととても興味深いです。 

さて、エッシャーQのメンバーも、
まずJQの演奏が期待以上に良かったらしく
「すごく上手いよ! でもこの曲は決してアグレッシブに弾くべきじゃないんだよ」
と言って、さらに完成度の高いものにすべく、
極めて具体的なプロとしての様々なテクニックを伝授していきます。 

弓の使い方ひとつでキレのよい音楽になり、客席にも大きなどよめきが。
指導に対する反応も早くて、即座に音色が変化していくので、
エッシャーQも教えがいがあるというもの。 

楽譜の版についても、アドバイスが。
JQが使っていた版は、ボヘミア弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者だった
ヨゼフ・スークの解釈が加えられた版だったよう。

1975年以降、スメタナ弦楽四重奏団のヴィオラ奏者、
ミラン・シュカンパが原典に還ろうと研究を重ねた
新校訂版を用いる団体も増えてきています。

新校訂版も見てみると、ヴァイオリンの解釈が変わるよ、
と勧めるエッシャーQ。
校訂者の演奏上の書き込みは解釈の妨げになる場合もある
と伝えたかったようです。

カルテットの音楽作りの裏側をつぶさに観察できる点で、
こうしたマスタークラスは演奏以上に面白いなと思います。

弦楽四重奏曲は一般的に長いし、聴き方や楽しみ方がわからない、
という場合には、マスタークラスを覗いてみると、
どうやって音楽を作っていくのかがわかり、
楽しむ方法のきっかけが見つかるのではと思います。 

さて、エッシャー弦楽四重奏団は、
この冬リンカーンセンターで開催されている
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲演奏会シリーズに出演することになっていて
明日2月19日はリンカーンセンターのAlice Tully Hallで
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の後期の大作たち、作品132、130、133を
演奏することになっています。

そしてその2日後には、デンマーク弦楽四重奏団が
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲 作品131、135、130(抜粋)を、
同じベートーヴェン弦楽四重奏曲演奏会シリーズのトリで演奏する予定。
が、どちらも完売。
ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲は人気が高い...



 ----------
エッシャー弦楽四重奏団によるマスタークラス 
@リンカーンセンター チェンバー・ミュージック・ソサイエティー(CMS) 

受講者
ノースカロライナ大学  
第1ヴァイオリン: Avital Mazor  
第2ヴァイオリン:Bennett Astrove  
ヴィオラ:Peter Ayuso  
チェロ:Gustavo Antoniacomi 

受講曲 ブリテン:弦楽四重奏曲 第1番 ニ長調 作品25


ジュリアード音楽院  
第1ヴァイオリン:Randall Goosby  
第2ヴァイオリン:Mariella Haubs  
ヴィオラ:Jameel Martin  
チェロ:Yi Qun Xu

受講曲 ヤナーチェク:弦楽四重奏曲 第1番 「クロイツェル・ソナタ」



● Link



● Related Posts




0 件のコメント:

コメントを投稿

【Soka University のコンサートホールがすごい!】

♪--------------------♪--------------------♪ こんにちは、MUCHOJIです。 初めて当ブログをご訪問の方は、 「 はじめに 」をお読みください。 -----------♪------------------♪---...