ラヴィニア・マイヤー Lavinia Meijerさん。
韓国生まれのオランダ人の彼女は、ある種、特異な環境で育ちました。
彼女の演奏姿の写真はさまざまな媒体でみることができますが、
その慈しむような表情や、ハープに向かう視線や姿勢から何か満ち足りた空気感を感じ、
ハープや音楽、そして自分自身へもたっぷりと愛情を感じている人なのでは…
などと勝手な想像を膨らませていました。
それは、元々の彼女が持っていた素質なのか、
生まれ育った環境がそうさせたのかはわかりません。
一方、「私の目標は、ハープをソロ楽器として広く知られるようにすること」
という、強い意志を持った人でもあります。
彼女の生い立ちについては、NHK-BS1「過ぎし日々への旋律」
で紹介されたことがあり、ご記憶の方もいらっしゃるのでは。
放送の内容を簡単にまとめてみました。
***ラヴィニア・マイヤー NHK-BS1「過ぎし日々への旋律」より***
ハープ界のミューズ、ラヴィニア・マイヤーは韓国生まれのオランダ人。
諸事情で1歳の時、実の兄とともに韓国からオランダに渡り養子となります。
日本では、国を越えた養子縁組というのは珍しいですが、
韓国はキリスト教徒の割合が意外に高い国。
したがって様々な事情から実の親が養育できなくなった子供が
ヨーロッパの国へ養子縁組として迎えられることが少なくないそうです。
愛情深い養父母の元で育てられたラヴィニアは、
音楽の才能を開花させ、世界的ハープ奏者として活躍。
そんなラヴィニアのもとに、韓国から演奏の誘いが舞い込みます。
ニューイヤーコンサートでオーケストラと共演して欲しいというのです。
ほとんど記憶にもない実の親からの手紙を前年に受け取っていたラヴィニアは、
初めて訪れた生まれ故郷の韓国で、
迷いながらも実の父親と「一度だけ会う」ことを決意します。
コンサートが開演する前の楽屋で、オランダ人の夫の立会いの元、
ラヴィニアは実の父親と対面します。
ドアが開き、父親が入ってきます。
優しい笑顔を見せるラヴィニア。
韓国語の話せないラヴィニアと英語の話せない父親。
2人は血縁でありながら言葉すらも通訳を介さなければならないのです。
「すまない、すまない」としきりに謝り号泣する父親に
ラヴィニアは通訳を通して声をかけます…。
「優しい父母、すばらしい夫に恵まれて私は幸せ。謝ることはないわ」と。
そして「これは私にとってもとても特別な瞬間…」とつぶやくのです。
楽屋から実の父親が去ると、ラヴィニアは肩に手をかける夫に
「新しい世界だわ」と語ります。
オランダの温かい家庭で幸せな暮らしを送りながらも、
実の親から引き離された、という負い目は常に彼女につきまとっていたはずです。
そんな彼女が自らの過去を整理し、一歩前に歩み出す瞬間…。
番組ではラヴィニアの心象が、
印象的な映像と彼女自身が演奏するハープの音でつづられます。
音楽がナレーション以上に心の内面を物語る…。
彼女の哀しくも凛とした音色は、彼女の運命、
そして葛藤とあいまって、深い感動を呼び起こしました。
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私が彼女の生演奏を聴いたのは、
2014年10月15日、名古屋の宗次ホール公演です。
演奏を見ていてまず驚いたのは、ラヴィニアのバランス感覚と体力。
ハープという楽器は足元に弦を♯や♭に変えることができるペダルがあって、
調が変わる度に奏者はそのペダルを用いているわけです。
しかし、当日演奏された現代曲はあまりにも超絶技巧や転調が多いので、
ラヴィニアの足はほぼずっと浮いていてペダルを変えまくっている、
というような状態。
しかも両手は常にハープの弦を弾いている…
というわけで、ほとんど両手両足をずっとあげたような状態で
ハープを弾いているわけです。
これは腹筋が鍛えられているのもちろん、バランス感覚や相当な体力がいるはず。
フィリップ・グラス作曲「メタモルフォーシス(Metamorphosis)」のPVでも
素晴らしいフォームでラヴィニアがランニングする姿がみられますが、
名古屋に来演したときも、
名古屋城周辺を毎日ランニングしていたというラヴィニア。
体力作りに余念がありません。さすがのプロ意識。
ハープがソロ楽器として認められること、
という強い目的を持ってハープ演奏に望んでいるラヴィニアの音楽は、
どんなに小さな音も、短い音ひとつをとっても、
研ぎ澄まされた感覚でとても大事に奏でられていることがわかります。
プログラムには、フィリップ・グラス作曲「メタモルフォーシス第2番」、
エイナウディ作曲「瑠璃」、グロート作曲「溺れた蝶」など、
ほとんど聴いたことのない作曲家の作品たちがたくさん並んでいたので、
よっぽどハープが好きな方でないと、
聴きに行こう!と思わなかったのかもしれません。
お客さんは決して多かったとは言えませんが、
終演後の会場のため息、
そして静かに瞑想するように客席にかけたままのお客様が見られたことは、
いかに演奏が素晴らしかったかを物語っていました。
もちろん、ドビュッシー作曲「月の光」といった定番曲も心地よかったのですが、
むしろ、上述の現代の作曲家の作品のときの方が生き生きとした演奏。
名前を知らなくても、初めて聴く作曲家の作品でも、
ラヴィニアのハープから奏でられる音は、
毎日聴きたくなるような魅力的な音楽でした。
ラヴィニアの演奏は、オランダの大手レコード会社Channel Classics が
アルバムをいくつも手掛けており、のYoutubeでも聴くことができます。
グラスやエイナウディの作品の演奏において、
現在彼女の右に出る者はいないでしょう。
変わり種としては、ラヴィニアは「蚊の虐殺(Mosquito Massacre)」
なんているタイトルの曲も演奏しています。
忌々しい蚊に邪魔をされながら奏でられる音楽。
ハープが蚊の飛び回る音も実にうまく表現していて秀逸。
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2014年10月15日 @宗次ホール
ラヴィニア・マイヤー・ハープリサイタル
ハープ:ラヴィニア・マイヤー
J.S.バッハ:プレリュード
~平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 ハ長調 BWV846 より
クロフト:グラウンド ハ短調
ティルセン:映画「アメリ」のための音楽より
ある午後の数え詩/カフェ・ドゥ・ムーラン/おばけのワルツ
エイナウディ:パッサージオ/瑠璃/希望の扉
グラス:メタモルフォーシス 第2番
グロート:溺れた蝶
廣瀬 量平:ハープ・ソロのためのエレギア(悲歌)
ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女/ヒースの荒野/月の光
サティ:ジムノペディ 第1番/グノシェンヌ 第1番、第5番
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