2016年1月16日土曜日

あのパガニーニに弟子がいた!? 知られざるイタリアのヴァイオリン作品

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こんにちは、MUCHOJIです。
初めて当ブログをご訪問の方は、「はじめに」をお読みください。
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トルトレッリ&メルーソ デュオ・コンサート 宗次ホール公演

あのパガニーニに弟子がいた!?
知られざるイタリアのヴァイオリン作品を取り上げた公演。

パガニーニの唯一の弟子シヴォリ、そしてまたその弟子スカレロ・・・。
歴史に埋もれた奇才ヴァイオリニストたちの作品の発掘に情熱を注ぐ
ヴァイオリニストのマウロ・トルトレッリと
ピアニストのアンジェラ・ メルーソが、
名古屋とトリノの姉妹都市提携10周年を記念して出演。

モーツァルトやベートーヴェンがまだ活躍していた1782年、10月27日に
イタリアのジェノヴァで不世出のヴァイオリニスト、
ニコロ・パガニーニは産声を上げました。

実はシューベルトやメンデルスゾーン、ショパン、シューマンよりも
年上だと言うのは意外な感じもするかもしれません。

ここにあげた作曲家たちは皆パガニーニの演奏を実際に耳にして
一様に驚嘆し、彼に少なからずの影響を受けています。

パガニーニの容姿についての、
背が高く痩せ型でクモのように長くその上しなやかな指を持っていた、
という数々の証言から、
彼は、マルファン症候群だったのではないかと疑われています。
(ピアノでは有名な話でラフマニノフが同じ病だったと言います。)

そうした身体的特徴も、
「彼の超絶技巧は悪魔に魂を売り渡して手に入れた」という
まことしやかなうわさの信憑性を増し、
カリスマ的な人気を博していました。

指板の上で行う左手のピツィカート、
めまぐるしいテンポで行うダブルストップ(重音奏法)等は、
パガニーニによって解禁されました。

これらはそれまでのヴァイオリンの概念を覆し、
ロマン派以降、ヴィルトゥオーゾ達の出現に先鞭をつけたと言えます。

さて、神経質で、自分の真似をされることを極端に嫌い、
ヴァイオリン協奏曲の初演時には、
リハーサルで始めて楽譜をオーケストラに配布し、
本番が終わるとすぐに回収した、とも言われているパガニーニ。

そんな彼に弟子が居たなんて、にわかに信じがたい話ですが、
その唯一の弟子こそがカミッロ・シヴォリです。

彼もまたジェノヴァに生まれ、パガニーニには7歳のときに出会い、
師弟関係を結びました。

師匠パガニーにについて、シヴォリは愛情をこめて
「師事した中で最低のヴァイオリン教師だった」と言っています。
なぜ愛情をこめてかと言えば、
ほとんど自分のためにしか曲を書かなかったパガニーニが
この唯一の弟子のためには何曲かの作品を献呈していたり、
楽器を贈られるなどしていたこと。

そして、シヴォリ自身が「パガニネット」(=小さなパガニーニの意味)
と呼ばれて聴取に愛されていたことから、
言葉通りに彼が師匠に何の恩義も感じていなかったとは
到底思われないからです。

さて、そんなシヴォリの作品は、
あの超絶技巧でヨーロッパを席巻した師匠を持つとは
にわかに思いがたいほど、技巧よりも叙情的な旋律美を聴かせるもので、
パガニーニのような派手さはありません。

歴史の中で忘れ去られてしまった理由の一つが、
そういったところにあるのでしょう。

とはいえ、その歌心に聴くべきものがあるのは確かで、
ヴァイオリニストのトルトレッリは、
このような作曲家に再評価の機会を与えるべく、
積極的にコンサートやレコーディングで取り上げています。

2つのロマンスはまさに「歌詞の無い歌」(無言歌)というタイトルどおり、
屈託の無いメロディーをヴァイオリンの美音で紡いでいきます。
「ナポリの花束」の方はナポリの民謡に基づき、
これをパガニーニ譲りの技巧をちりばめた変奏曲に仕立た、
シヴォリの作品の中で「最もパガニーニ風」といえる1曲です。


そして、この公演でのもう一人の注目の作曲家は、ロザリオ・スカレロ。
彼は1870年のクリスマス・イブに生まれました。

故郷トリノのサン・フィリッポ・オラトリオで6才から学業を始め、
ヴァイオリンをピエトロ・ベルタッツィ
(ローマのサンタ・チェチーリア音楽院の教授として高名)に
師事したというのが、彼にまつわる最初の記録です。

その後、トリノ音楽院を修了し、ジェノヴァに赴いて、
パガニーニ唯一の弟子として当時名高い教授であった
シヴォリの門を叩きました。

シヴォリはこのスカレロに“世界を知れ”というアドバイスを与え、
スカレロはこれを真摯に受け止めて、
ヨーロッパ各地に赴きソロおよび客演コンサートマスターとして活躍。

それと同時にウィーンやロンドンでも引き続き
その時代の名教師と呼ばれた音楽家たちに教えを受けています。

彼はその後一旦ローマに戻り、その後はアメリカに渡って
作曲と教育の両方に力を入れました。
彼の門下からはサミュエル・バーバー、ルーカス・フォス、
ジャンカルロ・メノッティ・・・
そして数多くの映画音楽を手がけ、ヴィスコンティの『山猫』、
コッポラの『ゴッドファーザー』などのテーマ曲で知られる
ニーノ・ロータなど、その後の音楽史を築くことになる作曲家が
多数輩出されました。
(これらの作曲家たちはパガニーニから見れば、
“ひ孫弟子”となることにも驚かされます。)

にもかかわらず、彼の氏、シヴォリと同様、
現在において彼の作品が演奏される機会は滅多にありません。

公演当日に演奏されたヴァイオリンソナタは1910年に作曲されたもので、
ウィーンで作曲を師事したエウセビウス・マンディチェフスキの妻に
捧げられました。

当時気鋭の作曲家たち・・・例えばストラヴィンスキーやシェーンベルクらが
前衛的な作品に傾倒し始めていたにもかかわらず、
スカレロのこのソナタはヴァイオリンに陶酔的な旋律を歌わせる点で、
パガニーニ~シヴォリと受け継がれた伝統の上に連なる
ロマン派の音楽と言えるでしょう。

もうひとつの、パガニーニの主題による変奏曲は、
まさに師匠の師パガニーニが作曲した無伴奏ヴァイオリンのための
「ジェノヴァの歌“バルカバ”による60の変奏曲」から引用された
テーマや変奏がピアノ伴奏を伴い、12の変奏曲にまとめられたもの。

よって、パガニーニ風の技巧的な部分が隋所に登場する、
歌心と軽妙さに溢れた作品となっています。

トルトレッリとメルーソの演奏は、技巧と洗練された表現で、
これまでに聴いたことのない、知られざる作曲家の魅力を伝えてくれました。

トルトレッリはピアノ椅子に腰掛けて演奏していましたが、
(これは珍しい)もしかして、あまりに恰幅がよすぎて、
足で体重を長時間は支えきれなかったのかも!?(失礼)

アンコールはモンティのチャールダッシュでしたが、誰もが知るこの華やかな曲も、
これ見よがしに派手に弾くところは皆無でした。
聴きなれたはずの名曲が、全く別の美しい小品のように聴こえるという、
不思議な体験をしました。


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2015年4月7日 @宗次ホール
トルトレッリ&メルーソ デュオコンサート 

ヴァイオリン:マウロ・トルトレッリ
ピアノ:アンジェラ・ メルーソ


タルティーニ:ヴァイオリンソナタ ト短調「悪魔のトリル」
パガニーニ:ヴェニスの謝肉祭
シヴォリ:2つのロマンス(無言歌)作品23
      ナポリの花束 作品22
スカレロ:ヴァイオリンソナタ ニ短調 作品12
パガニーニの主題による変奏曲 作品15

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