2016年2月27日土曜日

イサム・ノグチ美術館で植物の声を聴く 藤枝守「植物文様」


♪--------------------♪--------------------♪--------------------
こんにちは、MUCHOJIです。
初めて当ブログをご訪問の方は、「はじめに」をお読みください。
-----------♪------------------♪--------------------♪-----------

日本では「現代音楽」=「難しくて不快な音」
というイメージを持たれて敬遠されることが多いと思いますが、
ここ数十年の間に作曲されてきた現代音楽の中には、
聴きやすくて耳に心地よい音楽というのもたくさんあります。

とはいっても「21世紀らしい」アプローチをしなければ新奇性がないので、
作曲家は常に新しいアイデアを追求しているわけです。

藤枝守氏の曲集「植物文様Patterns of Plants」(1996-2011)もそのひとつ。

「植物文様」はいわば植物の声をメロディー化したようなもの。
生物はみな微弱な電気を発しているのですが、プラントロンという装置を用いて、
葉っぱに電極をつないで、葉の表面から電気の変化を読み取り、
そのデータのパターンをベースに藤枝守氏は作曲しているそう。
インスピレーションを受けて、という方が正しいかもしれませんが。 

ピアニストのサラ・カーヒルSarah Cahillさんがクイーンズのアストリアにある、
イサム・ノグチ美術館で明後日2月28日(日)まで、
藤枝氏の植物文様を開館時間じゅう演奏しています。 

Sarah Cahill, Photo:Marianne La Rochelle
 サラさんのプロフィール写真がアーティスティックだったので
興味を惹かれて行ったのですが、彼女はジョン・アダムスから17歳の時に
「中国の門China Gates」を献呈されているんですね。

父親が中国美術史の教授だったというのも関係しているのでしょうか。
たしかに創作力を掻き立てられそうな精霊っぽい雰囲気を持ったピアニストです。

Youtube: China Gates -John Adams (Performed by Fraser Graham)




植物文様は、まさに「唐草模様」の音楽。
バロック音楽の組曲を思わせる小品のコレクションで、
音楽は基本的にケルト風、ミニマル風で聴きやすいです。

Youtube: Patterns of Plants, the Seventh Collection: Pattern B



イサム・ノグチ美術館はうちっぱなしのコンクリートの床をもつ建物なので、
教会のように音が響きます。 


ノグチさんの作品は様々な質感をもっているので、
石なのに生き物のように感じることがあるのですが、
音楽が流れているとますますその感覚が強まる感じ。 

イサム・ノグチ美術館は居心地が良いので実は結構気に入っています。


いつも空いているし、特に庭が落ち着きます。
ニューヨークじゃないみたいに意外なほど静か。

建物の外の自転車までアートみたい。





● Link



2016年2月26日金曜日

北欧のイケメンクァルテット デンマーク弦楽四重奏団 Danish String Quartet


♪--------------------♪--------------------♪--------------------
こんにちは、MUCHOJIです。
初めて当ブログをご訪問の方は、「はじめに」をお読みください。
-----------♪------------------♪--------------------♪-----------

2016年2月21日
デンマーク弦楽四重奏団Danish String Quartet 


リンカーンセンターでCMSのウィンターシーズンの目玉として開催されていた
「ベートーヴェン弦楽四重奏」シリーズの大トリは、デンマーク弦楽四重奏団。 
前日までチケット完売になっていましたが、
予想通り(というか先日CMSに寄ったときに問い合わせておいただけなのだが)
当日になったらチケットあったよ! 

デンマーク弦楽四重奏団のメンバーといえば、黒のタイトなスーツに身を包み、
シャギーな金髪をスタイリッシュに逆立てたヘアースタイルのイケメンズ。
形容するならば、ブルックリンのアングラのブティック店員...

完売というから若い女性にもさぞかし人気があるのだろうと思ったら、
室内楽界ではそんなこと起きないらしい。
やっぱりジャンルが弦楽四重奏だから右をみても左をみても圧倒的にお客さんはシニア。
うーん、ニューヨークの室内楽事情を知ることができました。
しかしベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲だけを取り上げた公演で
約950人収容可能な会場が満席になるなんて思っていませんでした。

隣の席の夫妻によれば、室内楽コンサートはたいてい退屈しているシニアでいっぱいになるのだそう。
ほとんどがリタイヤした先生とか暇を持て余したミドルクラスの方々とのこと。

デンマーク弦楽四重奏団といえば、北欧の素朴な民謡の旋律を弦楽四重奏で演奏し、
Dacapo Recordsから発売している録音がとても特徴的です。

Youtube: Arlige brudefolk and Sonderho Bridal Trilogy - part I -



CDにはPart I〜Part IIIまで収録されているのですが、
島国であるデンマークの中の2つの島の伝統的な婚礼音楽をもとに
弦楽四重奏に編曲しています。
憂いを帯びた美しい旋律と、ノン・ヴィブラートの素朴な、透き通る音色の
アンサンブルが心地よいです。 

CD情報:Wood Works: Danish String Quartet 


でも、今日は北欧の音楽ではなくて、ベートーヴェン弦楽四重奏曲、
しかも最晩年の作品です。

曲目は、

ベートーヴェン:
 弦楽四重奏曲 第14番 嬰ハ短調 作品131  
 弦楽四重奏曲 第16番 ヘ長調 作品135  
 弦楽四重奏曲 第13番 変ロ長調 作品130  第6楽章フィナーレ:アレグロ 

消化しきれないほどの内容の濃いプログラムです。
ベートーヴェンといえば、交響曲第9番が最後の作品と思われがちですが、
実はその後まだ3年の時間がベートーヴェンに残されていて、
その3年がとてつもなく難解で不可思議で深い作品を生み出しています。

彼は弦楽四重奏曲に没頭するのですが、ひたすら心の内面を掘り下げていく、
個人的なダイアリーのような音楽が展開されます。

難解だと言われることも多々あって、クラシック音楽初心者には、
敬遠されがちですが、でもこれらを聴かずに死ぬのは絶対もったいないです! 

私も学生の時には聴いても何がいいのかよくわからなかったのですが...
自分が死んだ時のお葬式に流してほしい曲の候補リストに載せたい!
というほどの愛好家もいます。

デンマーク弦楽四重奏団のメンバーも若いころは理解できなかったと言っていたっけ。

ちなみにベートーヴェンの死後行われた弦楽四重奏曲第14番の初演時に居合わせた
シューベルトは感極まって「この曲の後で作曲家は何が書けようか?」
と口走ったとされています。 

弦楽四重奏曲第14番はとても精神的に深い曲である一方、
ベートーヴェンの人間臭さを感じさせるエピソードが残っています。

ベートーヴェンは第14番を、甥のカールを軍士官に採用するよう取り計らった
シュトゥッターハイム男爵に献呈しています。

実は本来すでにほかの友人に献呈されていたにもかかわらず、
ベートーヴェンはこの世を去る2週間前に、
「自らの死後、誰が彼の面倒をみるのか」と心配し、ある種溺愛していた
甥のカールのためにシュトゥッターハイム男爵へとこの曲を献呈することにしたのです。

甥の就職のために自分の会心の作の献呈先すら変えてしまうとは、
彼の人間らしさが如実に現れている気がします。 

第16番は死の3ヶ月前に完成された弦楽四重奏曲。
(厳密に言えば、第13番の大フーガに変わる終楽章がこの後に作曲されていますが、
まとまった1曲としては第16番が最後。)

謎に満ちた音楽で、断片的な旋律が、一見脈絡なく即興的にめまぐるしく変化したり、
本当にこれが死を目前にした人間の書いたものなのだろうか、
と疑問符が浮かぶほど躍動感に溢れたスケルツォが現れたり。

特に第4楽章は不可思議。
「ようやくついた決心」という標題のついた序奏に始まるのですが、
この序奏の重々しいモチーフは「Muss es sein?(そうでなければならないか?)」
と付記されており、この問いに対する快活な第1主題は
「Es muss sein! (そうでなくては!)」と力強く応答します。
この問答が意味することが何か、というのはずっと議論の的になっていますが、
単に「借金を返すべきか?」「返さねば?」といった他愛も無い日常のメモ書き
という説あり、いやいや哲学的な命題を意味しているのだという説ありで、
様々な憶測を呼んでいて面白いです。 

弦楽四重奏曲 第13番 変ロ長調 作品130  第6楽章フィナーレ:アレグロ
は、第13番のフィナーレはベートーヴェン自身によって「大フーガ」に代わり
差し替えられたフィナーレですが、これだけを演奏するとアンコールのよう。

デンマーク弦楽四重奏団は曲によって第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが
交代して演奏。これクァルテットを招聘するホールスタッフには結構重要な情報。
なぜなら演奏者は椅子や譜面台の高さを自分用に合わせているので、
ステージマネーシャーは曲ごとに椅子や譜面台を入れ替えないといけないから。

デンマーク弦楽四重奏にいたっては椅子の種類も好みが全員バラバラらしく、
全員違う椅子を使ってます。
ピアノ椅子を使う人からオーケストラ椅子を使う人、
客席用の椅子と思われるピンクの座面の椅子を使うヴァイオリニストまで(笑) 

昔とある弦楽四重奏団の来日時に、ツアー中に別のホールで
第1・第2ヴァイオリン奏者が入れ替わることを知らなかったので転換に失敗した
という情報をあらかじめ入手していたから、椅子の転換はバッチリと思っていたら
当日演奏された曲が予定されていた曲と違った、
なんて予期せぬ事態が発生したことがあったっけ…

リハーサルでは全部演奏しないことも多いから転換にしても演奏曲目にしても
演奏家とホールスタッフとのコミュニケーションは大事です。 

さて、デンマーク弦楽四重奏団の演奏は、結構ミスは多かったものの、
音色が個性的にもかかわらず4人の奏者の中でアンサンブルとしての
音色の統一感があってよかったです。

アレックス・ロスの過去のレビューには、デンマーク弦楽四重奏団は、
「手に負えない激しいエネルギーrampaging energy」を備えたクァルテット
と書いてあったので結構激しい演奏を予想していました。

たしかにとても推進力のありエネルギッシュな音楽だったけど、
彼らの演奏するベートーヴェンは、音楽の流れが、
絵付け職人が絵筆でなめらかに線を描いていくように
どこまでも引き延ばされていく感じ。
ノン・ヴィブラートの強烈な響きも刺々しさがなくて、
常に4つの楽器が美しい旋律を朗々と歌っていきます。
そしてその歌の響きが美しくブレンドするようにというのを
とても注意深く意識しているように聴こえました。

ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏は、
その美しい響きをとことん強調して演奏するクァルテットもいれば、
その心理的な激しさを表現するために攻撃的な演奏をするクァルテットもいるけど、
デンマーク弦楽四重奏団の演奏は、思考を重ねた結果、
余計なものを排除したシンプルさを追求しているような気がしました。
でもそのシンプルさの中に、空気感が存在したり光が差し込む余裕があって、
音楽の流れがとても明るくて綺麗。
クライマックスも鳥が舞い上がったかと思うと急速に滑空するような
線のとても美しい流れ。 

ルックスもいいし日本人は北欧音楽好きだから、
デンマーク民謡の弦楽四重奏アレンジを入れたプログラムは日本でも受けそうですね。


● Link

● Related Posts




2016年2月24日水曜日

ジュリアード弦楽四重奏団 チェリスト ジョエル・クロスニック最終シーズン


♪--------------------♪--------------------♪--------------------
こんにちは、MUCHOJIです。
初めて当ブログをご訪問の方は、「はじめに」をお読みください。
-----------♪------------------♪--------------------♪-----------
2016年2月22日
ジュリアード弦楽四重奏団withアストリッド・シュウィーン(チェロ)

From Juilliard School website

さて、私はちょっと姑息な手を使って、未だ美術館やコンサートを学生の身分で
享受しているわけですが、そうするとたまにコンサートでは
意外な席に座る羽目になることがあります。 

2月22日のジュリアード弦楽四重奏団のコンサートで、
ラストミニッツでチケットを買いに来た自称 “学生”に充てがわれた席は、
最前列センター。
奏者椅子の裏側が見える席なんてかなり久しぶり。 
というわけで奏者の動きがつぶさに見える場所で聴くことになりました。

本日の席からの眺め...


曲目は、 

モーツァルト:弦楽四重奏曲 ハ長調 K.465「不協和音」
ワーニック:弦楽四重奏曲 第9番 (ニューヨーク初演)
シューベルト:弦楽五重奏曲 ハ長調 D956 (チェロ/共演:アストリッド・シュウィーン) 

ジュリアード弦楽四重奏団、登場しただけで会場大盛り上がり。
なにしろ場所はジュリアード弦楽四重奏団のホームグラウンドともいうべき
ウェストサイド65丁目。
しかもこのカルテットで最古参、42年間チェロを務めたジョエル・クロスニックが
今シーズン退団するわけで、彼がメンバーとして演奏する機会は
もう残り数える程なわけです。 

ところが、前半のモーツァルトの弦楽四重奏曲「不協和音」の演奏が終わったところで
会場の1階中央で怒鳴り声が…
ダブルブッキングらしいトラブルが起きたようで約10分間に渡り係員との押し問答が。 
こういうときにどう対応するかでホールの力量がわかるわけですが、
昨日は警備員がやってきてやっと収まった次第。
その様子を心配そ〜に舞台袖からのぞいている舞台スタッフ… 

このあとワーニックによる現代曲が演奏される予定で、
プログラム後半には演奏に小一時間かかるシューベルトの大作 弦楽五重奏曲が
控えているのですが。どちらかが席を譲ったら済むことじゃないかなと思うのですが、
座席というのは特定の人たちにとってはとても重要なのでしょう。 

やっと落ち着いて次はワーニックの弦楽四重奏曲第9番。
リチャード・ワーニックRichard Wernickは1934年ボストン生まれの作曲家。
今年の6月の日本公演でも日本初演されるようです。 

本人による解説によれば、
音楽に精通していないほとんどの聴衆は彼の作品を、
それがとても半音階的という理由で、セリエル・ミュージックや十二音技法による
音楽と勘違いするようですが、そこにはセリエリズムも12音技法もなく、
彼はそうした作曲方法をとったことは一度もないそう。

彼自身は半音階の和音テクスチュアにとても魅力を感じているけれども、
その音楽はとても美学的な意味で「新古典主義的」とのこと。 

ワーニックの弦楽四重奏曲第9番は2つの楽章に分かれていて、
どちらも、いとも簡単にかりそめの価値や利益を促す、
あきれるほどに簡略化されたポピュリズム的なカルチャーへの反応だそう。

「Assertive, Aggressive」と付けられた第1楽章は、その名の通り、
独断的で攻撃的で揺らぎない強さがあります。

冒頭のトーン・クラスターから展開する複数の鋭いモティーフによって作られた楽章で、
かなり高度に展開された、ソナタ形式とも考えられうる構造を持っています。

 「“per una selva oscura…”」と付けられた第2楽章は、悲歌のようなもので、
第1楽章の記憶を思い起こさせながらも、果てしなく続く繰り返される
音の鼓動によって、喪失感をもたらします。
そして最後にチェロのソロが希望をほとばしらせて閉じられます。
2本の異なる弦の上で同じ音を弦を交互に変えて延々と弾いていく奏法が
オスティナートのように続いていくのですが、
弾く弦の違いによる音色の差異が生まれとても耳に残ります。
現代音楽にしてはとても聴きやすい曲。 

クロスニックは見た目とってもおじいちゃんになってしまったのですが、
どの曲でも独特のかすれのある音色が際立って
かつての彼の演奏が容易に思い起こされます。

ワーニックの作品は、ヴァイオリン2人がパート譜で演奏しているのに対して、
ヴィオラとチェロはスコアで演奏。
譜面がめくりやすいようにクロスニックは楽譜にピンクの付箋を貼っていたりして
なんだか可愛いらしい。

そしていよいよ後半のシューベルトの弦楽五重奏曲 ハ長調 D956
共演はチェリストのアストリッド・シュウィーン。 

シューベルトの生涯最後の室内楽作品であるとともに、
彼の弦楽五重奏としては唯一の作品。
死のわずか3ヶ月前に書かれた傑作です。

弦楽五重奏曲には、弦楽四重奏にヴィオラを加える「ヴィオラ型」と、
弦楽四重奏にチェロを加える「チェロ型」の2タイプあり、
モーツァルトやベートーヴェンはヴィオラ型を好み、
ボッケリーニやシューベルトはチェロ型を好みました。

ちなみにブラームスは若い頃にチェロ型を試みようとして不完全に終わり、
後年になってヴィオラ型で2曲の弦楽五重奏曲を残しています。

内声の充実を求めたヴィオラ型、厚く深みのある響きを求めたチェロ型。
作曲家によって好みが異なるのはとても興味深いです。

シューベルトのハ長調の作品といえば、交響曲「グレイト」が有名ですが、
「グレイト」に屈託のない明るさとか、華やかさに満ちているのに対して、
この弦楽五重奏曲は、心が引き裂かれるような切なく美しいメロディーが
連ねられているとても内面的な音楽。

全曲を通すと1時間近くかかるのですが、
ジュリアード弦楽四重奏団とアストリッド・シュウィーンによる演奏は、
まったく長さを感じさせない集中力と躍動感に溢れた演奏。

終楽章の最後はジェットコースターのようにスリリングな勢いに身を任せてしまって、
お客さんも思わず笑っちゃうほど。

終演後は聴衆すべてがスタンディングオベーション。 

でもコンサートはそれだけで終わらず。
終演後、42年間このカルテットに所属し今シーズンで退任するチェリスト
ジョエル・クロスニックを表彰してジュリアード音楽院からゴールドメダルが
贈られるというイベントが。 



後任は、その直前にジュリアード弦楽四重奏団と一緒に
シューベルトの弦楽五重奏曲ハ長調D956を演奏した、
アストリッド・シュウィーンAstrid Schweenと発表されました。

映画「25年目の弦楽四重奏」では歳をとったチェリストが
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲 第14番を演奏する途中で
若い女性チェリストに交代するけど、ジュリアード弦楽四重奏団は、
その直前に一緒に演奏していたチェリストが後任ですよ!という発表で、
ドラマティックでなおかつ粋な演出。

アストリッド・シュウィーン。ジュリアード弦楽四重奏団初の女性奏者で、
初のアフリカン・アメリカンでもあります。

とてもチャーミングな笑顔でスピーチするクロスニック。 

会場にはロバート・マン(95歳?!)、ジョエル・スミルノフ、
サミュエル・ローズらジュリアード弦楽四重奏団の旧メンバーの姿も。

もちろんクロスニックの現在・過去の生徒もたくさん来ていて
あたたかい拍手を贈っていました。
いかにクロスニックが愛されているかが伝わってきました。 

今年の6月に予定されている日本公演はクロスニックのラストアピアランスだそうです。


---------- 
2016年2月22日 ジュリアード弦楽四重奏団  @リンカーンセンター Alice Tully Hall 
第1ヴァイオリン:ジョセフ・リン 
第2ヴァイオリン:ロナルド・コープス 
ヴィオラ:ロジャー・タッピング 
チェロ:ジョエル・クロスニック  

モーツァルト:弦楽四重奏曲 ハ長調 K.465「不協和音」 
ワーニック:弦楽四重奏曲 第9番 (ニューヨーク初演) 
シューベルト:弦楽五重奏曲 ハ長調 D956 (チェロ/共演:アストリッド・シュウィーン)


● Link



● Related Posts




2016年2月22日月曜日

バッハ21世紀の響き? フィリップ・クイント&マット・ハーシュコヴィッツ「バッハXXI」


♪--------------------♪--------------------♪--------------------
こんにちは、MUCHOJIです。
初めて当ブログをご訪問の方は、「はじめに」をお読みください。
-----------♪------------------♪--------------------♪-----------

2016年2月18日
フィリップ・クイント&マット・ハーシュコヴィッツ・トリオ 「バッハXXI」 

もはやフィリップ・クイントをクラシック音楽の演奏家だと認めない人も
多いかもしれないですが、彼は1974年生まれのロシア出身のヴァイオリニストで、
モスクワ音楽院でアンドレイ・コルサコフに学び、
9歳にしてコルサコフのオーケストラでソロ・ヴァイリニストとしてデビュー。

その後ジュリアード音楽院へ進学。2001年に発売したデビューCDがグラミー賞に
ノミネートされ、一躍注目を集めます。
2010年よりストラディヴァリウス協会より貸与された「ルビー」を使用。 

クイントはストラディヴァリウスのヴァイオリンをタクシーに置き忘れて
紛失した演奏家としても有名ですけど。
(正直者のタクシードライバーだったおかげでヴァイオリンは手元に戻り、
クイントはお礼にニューヨークのタクシードライバーたちのための特別なライブをニューアーク空港で開いたというおまけつき。) 

ちょうど、彼は先日のバレンタイン・デーに動画をYoutubeにアップしていて、
String Magazineの編集部にピックアップされていました。

Youtube: Valse Triste




彼はロマンティックなアレンジを好むみたいですね。 

2月18日に、リンカーンセンター デイヴィッド・ルーベンシュタイン・
アトリウムコンサートで行われた公演は、
ピアニスト&アレンジャーのマット・ハーシュコヴィッツと彼のトリオとの
ジャズコンサート。

タイトルは「バッハXXI」。
「バッハXXI」は「バッハ21世紀の響き」という大仰にも見えるほどのテーマ。
クイント氏はこのテーマを企画したハーシュコヴィッツ氏に
「21世紀のバッハになるつもりなの?」と冗談まじりに尋ねると、
ハーシュコヴィッツ氏の返事は
「いやいやとんでもない、バッハが墓から幽霊になって現れてくれたら
嬉しいけどね」と。 


ハーシュコヴィッツ氏のアレンジは、彼自身も述べていましたが、
ベースの部分ではバッハの音を一音たりとも変えたり、除いたりしていなくて、
構造はそのまま。

でもその上に流れる音楽はジャズだったり、ラテンだったり、ユダヤ音楽だったり、
ときどき現代音楽っぽいアレンジも。

よくあるジャズアレンジじゃん、と思うかもしれないし、
ぼーっと聴いているとそう聴こえる感じもするのですが、
実際はかなり凝っていて、ベースはそのままでという制約が
ある状態で、時代的には中世から現代まで、ジャンルや国も異なる
かなり多様なエッセンスを詰め込んでいます。

彼が言っていた中でひとつ面白いなと思ったのは、

「同時代にも後世においてもバッハの解釈は様々で、私の考えでは、
19世紀の作曲家たちはバッハをとてもロマンティックな作曲家だと考えていたんだ。
たとえば、ブゾーニ、リスト、ラフニノフ…
皆バッハの影響を受けて演奏したり作曲したり編曲したりしているけど、
彼らはバッハからロマンティシズムを引き出していたんだよ。
そして私の解釈では、バッハはとてもロマンティックだったんだ。」

ということ。

ハーシュコヴィッツ氏は彼独特の21世紀のやり方で、バッハから
ロマンティシズムを引き出して、とてもロマンティックなアレンジで
バッハを演奏していたというわけ。

プログラムは、オールJ.S.バッハで、
・無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 BWV.1007より プレリュード
・カンタータ第208番『狩のカンタータ』よりアリア『羊は憩いて草を食み』
・主よ、あわれみたまえ(マタイ受難曲より)
・ヴァイオリン協奏曲イ短調 BWV.1041より 第2楽章 アンダンテ
・2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調 BWV.1043より 第1楽章 ヴィヴァーチェ
・ゴルトベルク変奏曲より アリア
の6曲。 

ヴァイオリン協奏曲イ短調 BWV.1041より 第2楽章 アンダンテ
が変わっていて、ブラジルの熱帯雨林にいるみたいな響き。 

2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調 BWV.1043より 第1楽章 ヴィヴァーチェは、
ゲストヴァイオリニストとして、ララ・セント・ジョンが登場して2人で演奏。

ララ・セント・ジョンは4歳の時にはすでに「神童」扱いされていた
カナダ生まれのヴァイオリニスト。
バッハを得意としているけれども、かなり大胆なバッハ。
彼女はツアー途中でニューヨークにたった1日だけ滞在してクイントの
コンサートに出演してくれたよう。

2人の掛け合いは、演奏というか、遊びというか、バトルのようでも。
偉大な音楽の権威というイメージのバッハではなくて、
もっと純粋に音楽を楽しみ遊びながら表現している感じ。
ちなみにこの曲の演奏でヴァイオリニストの弓の毛がキレまくる、っていうのは
初めて見ました… 最後はプログレッシヴ・ロックみたいに激しいから。

Youtube:Matt Herskowitz Trio with Philippe Quint and Lara St. John Play Bach's Double Concerto




 

そして最後にゴルトベルク変奏曲よりアリア。
ジャズが基本だけど、アクセントはタンゴ風。
アメリカの20世紀の現代音楽作曲家エリオット・カーターみたいな響きも。

すべての曲が2015年にリリースされたCDに収録されていて、
下記のサイトでは録音の様子をみることができます。
In-Studio:Matt Herskowitz Trio with Philippe Quint Bring Jazz to Bach

 聴衆は「バッハって書いてあったから来たらジャズだった」というお客さんから、
「ジャズライブだと思って来たらクラシック音楽コンサートみたいに
席に座って聴かなきゃいけないコンサートだった…」
「ララ・セント・ジョンって誰?」って言っている人までいろいろ。

後ろのクラシック音楽愛好家とおぼしきおばちゃんは、
「ヴァイオリンにマイクをつけるのを今すぐやめさせなさいよ!彼らには必要ないわ!」
と係員に怒りをぶちまけていたけど…

なにはともあれ、かなりクラシック音楽に忠実で洒落たアレンジのジャズを、
安定したテクニックと音楽性を持ち合わせた音楽家の演奏で、
しかも無料で聴けるわけだから、いろんな人が来る。

ジャズライブだと思って来ていた隣のロシア人の女の子は
1曲ごとに曲名をiPhoneで調べていたようだし、
これをきっかけにバッハの音楽を聴いてみる人が出てくるんだったら、
クラシック音楽界には良い効果?

----------
2016年2月18日 リンカーンセンター デイヴィッド・ルーベンシュタイン・アトリウム
「バッハXXI」
ピアノ:マット・ハーシュコヴィッツ
ヴァイオリン:フィリップ・クイント
ヴァイオリン(ゲスト):ララ・セント・ジョン
マット・ハーシュコヴィッツ・トリオ

J.S.バッハ:
無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 BWV.1007より プレリュード
カンタータ第208番『狩のカンタータ』よりアリア『羊は憩いて草を食み』
主よ、あわれみたまえ(マタイ受難曲より)
ヴァイオリン協奏曲イ短調 BWV.1041より 第2楽章 アンダンテ
2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調 BWV.1043より 第1楽章 ヴィヴァーチェ
ゴルトベルク変奏曲より アリア
  

● Link

ちょっと中性的?! 中国人チェロ奏者 イークン・シュウ Yi Qun Xu


♪--------------------♪--------------------♪--------------------
こんにちは、MUCHOJIです。
初めて当ブログをご訪問の方は、「はじめに」をお読みください。
-----------♪------------------♪--------------------♪-----------

2016年2月19日
イークン・シュウYi Qun Xuチェロリサイタル

昨日聴講した、エッシャー弦楽四重奏団によるマスタークラスの受講団体の中で、
ジュリアード音楽院の弦楽四重奏団でチェロを弾いていた
イークン・シュウYi Qun Xuさん。
その翌日にリサイタルがあったので聴いてきました。

中国生まれで、アントニオ・ヤニグロ国際チェロコンクール第1位(2008年)
ASTA国際ソロコンクール第1位(2010年)などを受賞。
いまはジュリアード音楽院の学部生で、オライオン弦楽四重奏団メンバーの、
ティモシー・エディの元でチェロを勉強中。

しかし弦楽四重奏のマスタークラスで
ヤナーチェクの「クロイツェル・ソナタ」を弾いて、
翌日にソロリサイタルってハードな学生生活。 

まだ二十歳前後の若い中国人の女の子だけど、
マスタークラスのときにすごく芯の強そうなところがとっても印象的でした。
外見を含めてとても個性的なんですよ、これが。 
妙に惹かれて聴きに行ったら、いい意味で驚かされました。

黒のパンツスーツ。 化粧っ気ゼロ。
ボーイッシュなショートカットを七三分けにしてハードムースで固めた子が出てきて
チェロを弾くわけです。
身体の線は細いから女の子ってわかるけど、とても中性的。 
男の子になりたかったのかな。
余談ですが、チェロを弾くときのフォームは「女性を抱くように」というのが
理想的だと言われていたりします。
男性チェリストが休憩するときにチェロの肩に手を回すしぐさは
ほんとうに恋人を慈しんでいるみたい。

曲目は、ベートーヴェンのチェロソナタ 第4番 作品102-1
チャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲 作品33」
休憩を挟んでブラームスのチェロソナタ 第2番 ヘ長調 作品99

ベートーヴェンのチェロソナタ 第4番は、
会場に行く途中に寄った郵便局で手間取ったせいで第3楽章からしか聴けず。
アメリカの郵便局ほどいらいらするところはありません。
たった1通の配達記録付きの郵便物を送るのに、
40分以上列を作って待たされるんだから。

チャイコフスキーのロココ風の主題による変奏曲は、
弾き込んだ安定感がまだなくて、高音域の音程が不安定な部分も見られたけど、
プログラム後半のブラームスのチェロソナタ 第2番の演奏にびっくり。

華奢で中性的な雰囲気の子が出てきたのに、
そのチェロから奏でられる音楽は、
チェロであることを忘れてしまうような、
肉声で語るような濃厚などっしりしたブラームス。 

チェロソナタ第2番は、ブラームスがお気に入りの避暑地のひとつ、
アルプスの景観も美しいスイス・トゥーン湖畔ホーフシュテッテンで書かれた曲。
トゥーン湖畔に滞在するようになったのは、1886年以降なので
50歳後半、ブラームス後期の作品。

ブラームスはそもそも彼にトゥーン湖畔を勧めた、
ベルンに住む詩人ヴィトマンを週末毎に訪ね、室内楽に興じていました。

ブラームスのチェロソナタの面白いところは、聴き比べてみると
若いころに都会で書かれた第1番の方がどこか田舎くさくて、
晩年に田舎で書かれた第2番の方が、都会的な雰囲気を持っていること。

第2番は、全般的に内面的で重々しい雰囲気の作品の多いブラームスにあって、
珍しく軽快で明るい性格を持つという作品。
といっても内容的な深さに欠けるということではなく、
晩年に向かう老成した巨匠による書法はますます洗練されて、
結果的には伝統的な形式にこだわらず、かなり自由な表現で書かれています。

ブラームスの音楽を多くの若い演奏家が苦手とするのは、
彼の内面性が大人にならないと理解し難いようなものであることと、
一見明るさに溢れていてもその奥にある一筋縄ではいかない
彼の心の内を感じ取る難しさが理由のような気がします。

だからたまに若手演奏家のブラームスの良い演奏に出会えるととても嬉しい。

イークン・シュウさんの演奏は、
この演奏にすべてをかけているような集中力と緊張感に満ちていて、
思わず手を握りしめて聴いてしまいました。

やたら技術力が高いけど音楽的には面白味に欠ける中国人若手演奏家
も少なくないのですが、彼女は自分の表現方法を
(特定の作品については)すでに持っています。

若い演奏家の演奏っていいなと思うのは、
若いならではの必死さが音楽をとてもいい方向に持っていっている瞬間に出会えるとき。

聴衆はせいぜい30人くらいしかいなかったのですが、
終わった瞬間「ブラボー!」があちこちから飛び出しました。 

その瞬間にほろりとこぼれた笑顔にまだ初々しい少女の面影があって
ほっこり。

きっと数ヶ月、数年単位で彼女の音楽は劇的に変わっていくと思うので、
またいつか彼女の演奏を聴いてみたいです。


 -------- 
2016年2月19日 
イークン・シュウ チェロリサイタル 
@ジュリアード音楽院 Morse Recital Hall 

ベートーヴェン:チェロソナタ 第4番 作品102-1 
チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲 作品33 
ブラームス:チェロソナタ 第2番 ヘ長調 作品99


● Related Posts




2016年2月19日金曜日

弦楽四重奏の楽しみ方 エッシャー弦楽四重奏団 マスタークラス


♪--------------------♪--------------------♪--------------------
こんにちは、MUCHOJIです。
初めて当ブログをご訪問の方は、「はじめに」をお読みください。
-----------♪------------------♪--------------------♪-----------

2016年2月18日
エッシャー弦楽四重奏団 マスタークラス 

from Escher Quartet website

ニューヨークを拠点に活動するエッシャー弦楽四重奏団による
マスタークラスがチェンバー・ミュージック・ソサイエティ
The Chamber Music Society of Lincoln Center(CMS)で行われたので
どんな人が聴講しに来るのか、
という興味もあってちょっと覗いてみました。

場所はジュリアード音楽院に隣接するビルの10階ローズ・スタジオ。 
100人ほど収容可能なこじんまりとした会場に入ると、
おおぉ… アジア人がいない。平均年齢めちゃくちゃ高い。 

知り合いの弦楽四重奏メンバーが、
弦楽四重奏のコンサート開いてもお客さんがシニア世代ばかりでね… 
とよくつぶやいているのを聞くけれど、まさにそう。
学生ひとりもいません。

人種の多様性を少しだけ広げ、平均年齢を少し下げるのに貢献してみました。 

ざっと眺めてみるとお客さんには、上品なユダヤ人の方々多し。

さらによく見ると、他の室内楽のコンサートに行ってもよく見かける
同じ面々がちらほら。 

どこに行っても同じ室内楽ファンに出会ってしまう、というのは
ニューヨークでも、東京でも、名古屋でも同じなのかも。
コアな室内楽ファンの人数というのは都市の大きさに関わらず、
ある一定数に留まるのかな? 

さて、今日のマスタークラスの講師はエッシャー弦楽四重奏団
2005年結成のニューヨークを拠点に活動するアメリカの弦楽四重奏団。
ツェムリンスキーの弦楽四重奏を全曲録音(2012-14年)したときに
話題になったのでご存知の方も多いかも。

ツアーの記録を見る限りでは、北米とヨーロッパツアーが中心で、
日本にはもしかしてまだ来演したことがないかも?

会場のCMSのレジデント・アーティストということで、
このマスタークラスが実現したもよう。 

ウェブサイトを見るとトップページの写真はなぜか
中国系の食料雑貨店の前で撮影されたもので
お店の名前が入っててなんだか宣伝っぽい? 

さて、本日の受講団体は2団体。
どちらも学部生によって結成されたとても若い弦楽四重奏団。

ジュリアード音楽院で学ぶ弦楽四重奏団と、
ノースカロライナ大学の音楽学校North Carolina School of the Arts
で学ぶ弦楽四重奏団です。 

ジュリアード音楽院の学生が先に受講することになっていましたが、
順番を入れ替えて、
先にノースカロライナ大学の学生による弦楽四重奏団が
受講することになりました。 

クァルテット名がないようなので、
ここでは仮にノースカロライナ大学のクァルテットをNCQ、
ジュリアード音楽院のクァルテットをJQとします。(長いので。) 

NCQが持ってきたのは、なんと20世紀イギリスを代表する作曲家、
ベンジャミン・ブリテンの弦楽四重奏曲 第1番 ニ長調 作品25。
極めてレアです。

2013年にブリテンの生誕100年記念によってブリテンが一躍注目を浴びるまで、
生演奏に触れる機会はあまりなかったと思います。

エッシャー弦楽四重奏団ですら、
数年前まで弾いてみようと思うことがなかったという。 

第二次世界大戦中に、
反戦家だったブリテンは兵役を逃れて
イギリスからアメリカに渡っていたのですが、
その間に書かれた作品(1941年)。

一度聴いたら忘れられないほどの印象的な冒頭に始まるのですが、
しばらく聴いていると洒落たタッチというか、
軽妙な雰囲気も多くて、ジョークみたい。

コープランドとかアイヴスといった、
20世紀アメリカを代表する現代作曲家の影響を受けているのでは、
という部分もあります。 

この曲のもっとも難しいのは、高音で極度の緊張を要求する、その冒頭部分。
ほぼ全員が二十歳の学生で構成された弦楽四重奏団が取り上げるには、
技術の面でも表現力の面でもかなりハードルが高い曲です。 
エッシャーQはブリテンを録音してないので、ベルチャQの録音をご参考にどうぞ。
BRITTEN, B.: String Quartet No.1 in D Major, Op.25

そのほかの部分も、幅広い音色の違いやコントラストを要求します。
思ったとおり、エッシャーQによる指導は、
テクスチュアの違いやカラーの表現方法を中心としたもの。
「ベルベット」「氷」「瞑想」「動揺」とか、
わかりやすい具体的な表現でイメージが伝わるように指導。 

アメリカっぽいなと思ったのは、常に褒めながら音楽作りをしていくところ。
「better… much better…great!」などと繰り返し褒めながら少しずつ直して、
だんだん音色が変わっていきます。 

短い時間で習得するのは難しい課題ですが、
マスタークラスが終わることには、
色彩がとても豊かになって、
複雑なテクスチュアの曲だということが随分わかるように聴こえてきました。
化学変化のよう。

若い弦楽四重奏団は単に多様な音色の出し方を知らないだけなので、
それを教えてもらうだけで、
平坦な音楽が色彩豊かな音楽に変わっていきます。
逆に言えば、受講者が結構高いレベルの弦楽四重奏団だと、
そうでない弦楽四重奏団ほど劇的に変わるわけではないので、
聴講者にとっては違いを聴き分けるのがちょっと難しいよね、という感じ。
後半に演奏したJQの方は後者にあたるかも。

面白いなと思ったのは、エッシャーQの第1ヴァイオリンのアダムさんが
「ソロ演奏ではある部分で第1ポジションを選ぶか第2ポジションを選ぶか、
といったポジションの違いは個人の出したい音に依っているけれども、
弦楽四重奏では、グループ全体の音色のために決めなければならない時がある」
と言っていたこと。

実際、ヴィオラの子がポジションを変えて演奏したら
とたんに音色が他のメンバーとマッチしたので、
会場が一気に湧きました。 


2団体目のJQが受講曲に選んだのは、
レオシュ・ヤナーチェクの弦楽四重奏 第1番 「クロイツェル・ソナタ」。 
チェコの中でもボヘミアよりもより東のモラヴィア地方に生まれたヤナーチェク。
そのせいか、彼の音楽は、
ボヘミアのスメタナやドヴォルザークとはちょっと違って、
野趣とでも言うべき民族色がくっきりと現れています。

弦楽四重奏曲第1番は、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ
「クロイツェル」を物語の重要な小道具として用いたトルストイの小説
「クロイツェル・ソナタ」のあらすじを、なぞるように作曲されたもの。

1923年の作。同時代の作曲家の一歩も二歩も先を行く、
あまりにも現代的な響きを持つ特異な作品です。 

トルストイの原作では、猜疑心深い老人が、
ベートーヴェンの「クロイツェル・ソナタ」を自分の若い妻と、
ヴァイオリニストが親密な雰囲気で演奏し談笑しているのを見て
不倫の仲にあると思い込み、殺害するに至る心理が
モノローグとして語られます。
そして「恋愛の原動力となる性欲は人間生活の悪」とする持論が展開されます。

けれども、ヤナーチェクは結婚に縛られ殺されてしまった物語のヒロインに
むしろ同情と共感を寄せていました。
そしてこの物語の悲劇的な結末に対するトルストイに
疑問を投げかけるかのように、この作品を書きます。
したがって、このような心理的で特異な音楽が生まれたのです。

実際、この曲の背景には、当時すでに60歳を過ぎていたヤナーチェク自身が
夫のある身である38歳年下の女性、カミラ・シュテッスロヴァーに
熱烈な恋慕を寄せていたという事情があります。
彼が生涯に彼女に送った手紙は720通以上とか。
その彼女への恋文が、有名な弦楽四重奏曲 第2番「内緒の手紙」となるわけ。

曲の内容はともあれ、
まず、 JQの演奏は正直二十歳の子たちとは思えない
かなりレベルの高いものでした。
経歴を見ると、すでに国際コンクール受賞歴を持っている子もいるし、
皆スカラシップやフェローシップを受けていて、
楽器もG.P.マッジーニやらP.グァダニーニやら、
名器を貸与され使用している子がほとんど。
ソロでも今後の活躍が期待できそう。 

そして見た目にも興味深くて、
第1ヴァイオリンとヴィオラはアフリカン・アメリカン、
第2ヴァイオリンは白人、チェロは中国人。

3人はスーツなのに第2ヴァイオリンの白人の女の子は
一人だけ真っ赤なセーターを着て登場。
そしてヴィオラのアフリカン・アメリカンの男の子は
ドレッドヘアーです!!!

うーん、こうした若い弦楽四重奏団が今後アメリカには増えていくんだろうな、
と思うととても興味深いです。 

さて、エッシャーQのメンバーも、
まずJQの演奏が期待以上に良かったらしく
「すごく上手いよ! でもこの曲は決してアグレッシブに弾くべきじゃないんだよ」
と言って、さらに完成度の高いものにすべく、
極めて具体的なプロとしての様々なテクニックを伝授していきます。 

弓の使い方ひとつでキレのよい音楽になり、客席にも大きなどよめきが。
指導に対する反応も早くて、即座に音色が変化していくので、
エッシャーQも教えがいがあるというもの。 

楽譜の版についても、アドバイスが。
JQが使っていた版は、ボヘミア弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン奏者だった
ヨゼフ・スークの解釈が加えられた版だったよう。

1975年以降、スメタナ弦楽四重奏団のヴィオラ奏者、
ミラン・シュカンパが原典に還ろうと研究を重ねた
新校訂版を用いる団体も増えてきています。

新校訂版も見てみると、ヴァイオリンの解釈が変わるよ、
と勧めるエッシャーQ。
校訂者の演奏上の書き込みは解釈の妨げになる場合もある
と伝えたかったようです。

カルテットの音楽作りの裏側をつぶさに観察できる点で、
こうしたマスタークラスは演奏以上に面白いなと思います。

弦楽四重奏曲は一般的に長いし、聴き方や楽しみ方がわからない、
という場合には、マスタークラスを覗いてみると、
どうやって音楽を作っていくのかがわかり、
楽しむ方法のきっかけが見つかるのではと思います。 

さて、エッシャー弦楽四重奏団は、
この冬リンカーンセンターで開催されている
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲演奏会シリーズに出演することになっていて
明日2月19日はリンカーンセンターのAlice Tully Hallで
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の後期の大作たち、作品132、130、133を
演奏することになっています。

そしてその2日後には、デンマーク弦楽四重奏団が
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲 作品131、135、130(抜粋)を、
同じベートーヴェン弦楽四重奏曲演奏会シリーズのトリで演奏する予定。
が、どちらも完売。
ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲は人気が高い...



 ----------
エッシャー弦楽四重奏団によるマスタークラス 
@リンカーンセンター チェンバー・ミュージック・ソサイエティー(CMS) 

受講者
ノースカロライナ大学  
第1ヴァイオリン: Avital Mazor  
第2ヴァイオリン:Bennett Astrove  
ヴィオラ:Peter Ayuso  
チェロ:Gustavo Antoniacomi 

受講曲 ブリテン:弦楽四重奏曲 第1番 ニ長調 作品25


ジュリアード音楽院  
第1ヴァイオリン:Randall Goosby  
第2ヴァイオリン:Mariella Haubs  
ヴィオラ:Jameel Martin  
チェロ:Yi Qun Xu

受講曲 ヤナーチェク:弦楽四重奏曲 第1番 「クロイツェル・ソナタ」



● Link



● Related Posts




2016年2月18日木曜日

Meetupを使って日本の歌を少しだけ広めてみた!


♪--------------------♪--------------------♪--------------------
こんにちは、MUCHOJIです。
初めて当ブログをご訪問の方は、「はじめに」をお読みください。
-----------♪------------------♪--------------------♪-----------


今日はMeetupを使って日本の歌をちょっとだけ広めてみた、
という個人的な体験談。

世界約180カ国で2,300万人以上が利用している
世界最大級のローカルコミュニティ・交流プラットフォーム
「Meetup(ミートアップ)」。

2002年にニューヨークで生まれたMeetupは、
サイト上で興味や関心のあるトピックを入力すると、
自分と同じ興味を持つ仲間の集まるコミュニティに参加できる、
プラットフォームサービスで、いまではあらゆるトピックに関する
リアルなコミュニティが21万件以上存在するそう。

Meetupが生まれた場所なだけに、
ニューヨーク市では8人に1人が登録しているらしい。 
というわけで私も登録してみました。

で、何のコミュニティに入ったかというと、

英語を学ぶ会?

ノー。

私が登録したのはPoetry Writingのコミュニティ。
詩を書くコミュニティ。

なんで?

それはある目的のためなんです。

以前にも紹介したことがあるので、私の父が英語マニアで、
日本の童謡や唱歌、流行歌を密かに英語に翻訳しているのを
ご存知の方もいらっしゃると思います。

わりときちんと作ってあって、英語の韻もちゃんと踏んであるし、
毎回その単語を選んだ理由とか、解釈とか、
歌の隠された意味を記した立派な"報告書"が添付されている。 

そしてそれを父は毎日歌っている。
掃除機をかけながら、自転車に乗りながら…
そう、いまや音楽教師の母親や、音楽マニアの兄弟や、音楽学が専門の私以上に、
家族内での一番の音楽家は父なのだ。

英語で童謡を歌いながら自転車でさっそうと去って行くおじさんとして
ご近所さんではちょっとした有名人(笑) 

さて、その父親の悩みは近くにネイティヴスピーカーがいないので、
辞書的にはわからない表現に悩んだときに尋ねる相手がいないこと。

そして、英訳した日本の歌を外国人に披露する機会がないこと。 

というわけで、ニューヨークに住む私がその役をかってでたのですが… 

私がMeetupで見つけたコミュニティは
ニューヨークで詩作を生業としている人、
あるいは詩作を趣味としている人たちが集まるPoetry Table。

もとジャーナリストの女性がホストとなり、
自宅を開放していてそこに詩の愛好家が集まります。
実際に行って見ると、彼女はアフリカや中東の美術品の
コレクターでもあるのか、美術館のような贅沢な居間。

まずひとりずつ自分の詩を披露し、お互いにコメントします。
そのあと30分間無言で新しい詩を書いて、最後にもう一度それを発表。 



こんな機会もあろうかと、
実は日本人が来たとなったら絶対話題に上るだろうという内容を
あらかじめ下調べしておきました。
予想通り、クロサワのシネマとか、バショウとかブソンのハイクをどう思う?
と意見を求められ、よしキタ〜!って感じ。 

さて、このハイソな雰囲気の場所で、こともあろうか、
私は「リンゴの唄」と「牧場の朝」を英語で披露したのでした。
しかも読み上げたのではなく、歌ってしまったという。

かなり恥ずかしいです。だって、
「リンゴ可愛いや 可愛いやリンゴ〜♪」を
「Oh, dear how cute you are, how lovely you are!」て歌うんですから!

正直、この日の午後をすべてこの歌の練習に費やしました…
なぜなら、日本語では短くて済む内容が、
英語に訳すと文字が多くなるので、
日本の歌の英訳を歌うはかなり大変なのです。

1音節に1音をあてるように訳してはあるものの、
フレーズによっては早口言葉状態。
音楽的にはまだまだ課題の多い英訳です。 

さて、私は歌への反応が何よりも恐ろしかったわけですが、
みなさん優しい方々だったのでにっこり微笑んで受け入れてくれました。 

なにより本日の一番の成果は、そこにいた詩人の一人が、
即興作詩をして、その詩の中に、私の歌のことと、
それがリズムを持っていることが芭蕉と蕪村の俳句を連想させた、
という内容を自分の詩に入れてくれたこと。

特殊な英語力が鍛えられちゃうので、もっとそれよりやるべき基礎があるのでは
とも思うし、毎週通うには準備も復習も大変ですが、
また行ってみようかな。
歌の練習しないといけないけど。





2016年2月14日日曜日

特急さえもが公演のため臨時停車する ザイラーピアノデュオ かやぶきコンサート


♪--------------------♪--------------------♪--------------------
こんにちは、MUCHOJIです。
初めて当ブログをご訪問の方は、「はじめに」をお読みください。
-----------♪------------------♪--------------------♪-----------

ザイラーピアノデュオ 茅葺コンサート

京都駅から電車で約1時間。
味わいのある特急電車「はしだて」で
コンサート会場の最寄り駅である胡麻駅を目指します。

このコンサートがなによりもすごいところは、
なんと、このコンサートだけのために、
普段は各駅停車の列車しか停まらない駅に、
JR特急さえもが臨時停車すること!



さて、ここでどんなコンサートが行われているかというと、
エルンスト・ザイラーさん、カズコ・ザイラーさんという夫妻による
ザイラーピアノデュオのコンサート。

このコンサートは「かやぶきコンサート」と呼ばれているのですが、
それは、その建物が茅葺屋根の音楽堂だから。

ザイラー夫妻は、1784年(天明4年)建立された福井県大飯郡の禅寺
「善応寺」の旧本堂を譲り受けて平成元年に移築再建。
こうして「かやぶき音楽堂」が生まれました。
2006年には、文化庁により国の登録有形文化財に指定されます。

このかやぶき音楽堂では、
初夏と秋のシーズンにかやぶきコンサートを定期的に行い、
全国各地、海外からもお客さんが訪れています。 

所在地「胡麻の里」はほとんど田んぼと畑と山しか見えない田舎
そのいかにものどかな風景の中にその音楽堂はあります。

田んぼの畦道や、ぽつりぽつりと見える人家の間、小さな集落の間を、
道に咲く小花や、家々の軒先に植えられた木々の実などを
愛でながら歩いていきます。



ダイナミックな植物たち。


小高い山の中腹に茅葺屋根の音楽堂が見えてきました。

約250人の収容が可能な場所で、
温かみのある空間の中、座布団に座って聴くコンサートです。

今日の2階席からの眺め (^_^*) 
天井桟敷の人になったみたい。


休憩中には、夫人が焼いてくださったケーキと、
庭のハーブで作られたハーブティーが振舞われます。
ホッとするやさしい味。 

会場に生けられたお花も見事。




職業柄、ピアノの保管の仕方や反響板が 気になって見てしまいます。
建物のすぐ裏手は山で側面は田んぼ、 ということで湿気はかなり高く、
ピアノのカバーは演奏直前まで掛けられていて
中で除湿機がフル稼動しています。


演奏後もピアノはすぐに覆われてしまいます。
管理の苦労が忍ばれます。

ここの反響板は現代作家による芸術作品です。
茅葺屋根なので通常の家よりは天井が高いのですが、
天井に、前後で合計10枚の反響板が吊り下げられ、
音が客席側に飛ぶように設計されています。


和風の家にメタル感のある反響板!? と思うかもしれませんが、
つや消しの効果で、意外にもしっくり合っています。 

演奏はすべて4手連弾。
夫妻のなごやかムードなお話を挟みながら進みます。

終演後には、夫妻が自ら田んぼで稲作を行ったお米による
おにぎりが振舞われました。
シンプルな塩握りですが、お米の味が引き立って、美味。
毎年5000人〜6000人の人がかやぶきコンサートを訪れ、
一人ひとつのおにぎりをいただくわけですから、
相当な量のお米を育てているはず。感謝。
お米の販売も行われています。 

自然をこよなく愛し、胡麻の里で稲作りもする夫妻。
和やかな雰囲気の演奏だけでなく、
そのライフスタイルも共感を呼び、
全国からお客さんがこの辺鄙な場所を訪れ、 音楽を楽しむ… 
しかもリピーター率もとても高い。 

芸術を楽しむ時、人は演奏だけを楽しむわけではない。
その演奏家の人柄、ライフスタイル、会場までの道のり、会場の雰囲気、
そうした演奏にまつわるすべてをトータルで楽しむものなのだ
ということを改めて実感できるコンサートです。

ちなみにかやぶきコンサートに行く場合は、
電車にはくれぐれも乗り遅れないように。
次の電車は1時間後です... なんてのはザラです。


---------
2015年9月26日     @かやぶき音楽堂(京都)
ザイラーピアノデュオ 
ピアノ:エルンスト・ザイラー/カズコ・ザイラー 


● Link
● Related Posts
 4つの手が舞う!20本の指が踊る! フィテンコ&ザイツェヴァ ピアノ・デュオ
 Youtubeで噂を呼び再生回数100万回超 アンダーソン&ロエ ピアノデュオ




2016年2月13日土曜日

清潔感が心地よい! ドーヴァー・クァルテット


♪--------------------♪--------------------♪--------------------
こんにちは、MUCHOJIです。
初めて当ブログをご訪問の方は、「はじめに」をお読みください。
-----------♪------------------♪--------------------♪-----------



2016年2月11日
ドーヴァー・クァルテット 

from Dover Quartet website


おそらくニューヨークにいる音楽愛好家は、
同じ日の同じ時刻に2つ以上行きたいコンサートがある、という
嬉しくも悲しい発見をすることが結構頻繁に起こるのではと思います。 

2月11日はホーリー・トリニティー教会Horry Trinity Churchで
ジュリアード弦楽四重奏団のコンサートが、
同じ時刻にリンカーンセンターの
デイヴィッド・ルーベンシュタイン・アトリウムDavid Rubenstein Atriumで
ドーヴァー・クァルテットノコンサートがあり、
どちらに行こうか迷いながらも、
初聴のドーヴァー・クァルテットの方に行ってきました。
こちらは無料だったし、ジュリアード弦楽四重奏団の演奏は来週も機会があるので。

リンカーンセンターの
デイヴィッド・ルーベンシュタイン・アトリウムDavid Rubenstein Atriumでは
毎週木曜日の夜7時30分から無料のコンサートが開かれています。

ヒップホップ、ポップス、ラテン、ロック、ソウル、カントリー、
ジャズ、ワールドミュージック、クラシック、などなど
ジャンルは様々なのですが、
クラシックも結構良いプログラムのものがたまに見つかります。

壁一面が緑に覆われた「緑の壁」の雰囲気がよくて
コンサートがなくてもたまに休憩しにくるだけでも気持ちいスペースです。
そもそもここはリンカーンセンターのディスカウントチケットなどを扱う場所。
そこにカフェなどの休憩スペースが作られていてくつろげるようになっています。




 2月11日のアトリウム・コンサートは、
アメリカの若手弦楽四重奏団ドーヴァー・クァルテット。

プログラムにショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲が含まれていたりして、
ニューヨークはクラシック音楽の敷居が低くて本当にすごいと思います。
本格的な弦楽四重奏のプログラムが無料で楽しめるコンサートです。

ちなみに来年には以前紹介したミンゲット・クァルテット
コンサートも予定されていて、
若手だけでなく北米ツアー中の中堅まで無料で聴けてしまうお得さ。

ドーヴァー・クァルテットは、
ハイレベルな戦いとなった第11回バンフ国際コンクール(2013)の覇者。
私はコンクールおたくではないので、
それぞれのコンクールの目指すところには詳しくはありませんが、
バンフ大会は、優勝クァルテットがその時点でもっとも成熟した
クァルテットとは限らない、ともいわれるコンクールだそう。
20代前半から30代まで出場しているので、結成まもないクァルテットから
プロとして活躍しているクァルテットまで出場します。
何を基準にするのか審査が難しそう。

第11回のバンフ大会では、
まだ20代前半の結成間もない若手弦楽四重奏団の優勝に、
ある人は異議を唱え、別の人はこれからの彼らの成長に期待を込めたそう。

たしかにその時のファイナル出場クァルテットをみると、
アタッカ・クァルテットや、シューマン・クァルテット、など
すでにここでも紹介した、ユニークで、自分たちだけの音楽を持った
クァルテットが並びます。

コンクールに結果はつきものですが、ハイレベルなコンクールでは、
技術力の高さは無論のこと、もはや音楽の好みのレベルで審査をしなければ
ならないのでは...
審査員の苦労が窺えます。 

昨日のドーヴァー・クァルテットの演奏は、
とても真面目できっちりとした清潔感のある音楽を奏でる
クァルテットという印象。

さわやかで気持ち良く聴けますが、逆にいえば、
強烈な個性は感じられないので、
歌心に満ちたクァルテットとか、「なにこれ、おもしろいじゃん」
という驚きをもたらしてくれるようなクァルテットが好みの私には、
優美な流れとか、ひとひねりがあればなもっと好きになるかも
という感じがしました。
でも、これは完全に好みの問題です。

ひたすらに音楽にまっすぐに向き合い優等生っぽいところが、
このクァルテットの持ち味で良いところなのかも。
気持ち良く聴けます。そして安定した技術力。

前半に演奏されたのは、シューマンの弦楽四重奏曲 第1番 作品41-1。
1840年の9月に裁判の末、当代きっての女流ピアニスト、
クララと結ばれたロベルト・シューマンが
充実した創作活動を展開していた頃の作品。

特に1842年には、シューマンは3曲の弦楽四重奏曲、
ピアノ五重奏曲、ピアノ四重奏曲をほとんど一気に書き上げた、
もっとも実りある1年です。

同年に書き上げられた3曲の弦楽四重奏曲の中の第1番は、
いかにもロマンティックで、
一見とりとめもなく見える甘美なメロディーを基調に、
音楽の明暗が劇的に変化する曲。

人間の美しい部分もドロドロした部分もすべて正直に音楽で語ってしまう
シューマンらしい作品だと思います。

この作品を聴くと、いつもあちこちにベートーヴェンが
隠れているような気がします。

たとえば、第3楽章の冒頭。
ベートーヴェンの「第九」交響曲のアダージョにそっくりです。

そして終楽章には、バクパイプを思わせる低音の持続音の上に
カデンツ風の華やかなメロディーが2回繰り返し演奏されますが、
ここを聴くと、どうしてもベートーヴェンの弦楽四重奏曲 作品132の第2楽章を
連想してしまいます。

個人的には終楽章がもっとも好きなのですが、その理由は、
終楽章には、第3楽章のテーマを裏返しにして作られた
コラールが数小節だけ登場するから。

儚い美しさをほんのわずかな時間だけ聴かせて名残惜しく思わせる、
シューマンが憎らしくなるほどの美しさです。 

後半に演奏されたのは、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲 第2番 作品68。
ドミトリー・ショスタコーヴィチはベートーヴェンに匹敵する、
15曲もの弦楽四重奏曲を残しています。

ソビエト連邦体制下のロシアという特殊な環境で、
常に当局の顔色を伺いながら書かざるを得なかった交響曲に対して、
弦楽四重奏曲では、本音のショスタコーヴィチを聴くことができると言われます。

第2番が書かれたのは1944年。第2次世界大戦の最中のこと。

第1楽章は無骨なメロディーが複雑に展開され、
第2楽章は独白のような悲劇的なメロディーが、
まるでそれが書かれた戦時中の重苦しい雰囲気を反映しているかのよう。
第3楽章は不穏な空気を醸し出すワルツ。
第4楽章は光と影が交錯する変奏曲形式。

この曲はイ長調で書かれていながら、
前半に演奏されたシューマンのイ短調よりも暗く聴こえてしまうという
不思議な作品。 

ドーヴァー・クァルテットの演奏は、
シューマンもショスタコーヴィチも、
心がざわめくような音色ではなく、ひたすらきちんと美しい。

どちらの曲も演奏によってはひどく心をかき乱されるので、
こうして落ち着いて演奏が聴けてしまうというのはある意味すごいことかも。

ひとりだけiPadに投影した楽譜を足元のBluetooth操作ペダルで
譜めくりして演奏していたヴィオラの女の子ミレーナさん。

しいていえば、彼女のヴィオラは少し野生的な音色をもっていて、
他の3人の男の子の真面目さの中に色をつけていました。
ショスタコーヴィチはヴィオラが活躍するところが多かったので
殊に耳に残りました。




 ---------- 
ドーヴァー・クァルテット  @リンカーンセンター
                  デイヴィッド・ルーベンシュタイン・アトリウム
第1ヴァイオリン:ジョエル・リンク Joel Link 
第2ヴァイオリン:ブライアン・リー Bryan Lee 
ヴィオラ:ミレーナ・パハロ-ファン・デ・シュタット Milena Pajaro-van de Stadt 
チェロ:カムデン・ショウ Camden Show 

シューマン:弦楽四重奏曲 第1番 イ短調 作品41-1 
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第2番 イ長調 作品68 



 ● Link 
 Dover Quartet


● Related Posts




2016年2月9日火曜日

NYで研鑽を積む若き才能 キム・ボムソリ Kim Bomsoriヴァイオリンリサイタル


♪--------------------♪--------------------♪--------------------
こんにちは、MUCHOJIです。
初めて当ブログをご訪問の方は、「はじめに」をお読みください。
-----------♪------------------♪--------------------♪-----------

2016年2月8日
キム・ボムソリ ヴァイオリンリサイタル 
ジュリアード音楽院 Paul Recital Hall





韓国出身のキム・ボムソリさん。
ARDミュンヘン国際音楽コンクールで最高賞(1位なしの2位, 2013)
チャイコフスキー国際コンクール(5位, 2015)
ヨーゼフ・ヨアヒム国際ヴァイオリンコンクール(5位, 2012)
中国国際ヴァイオリンコンクール(チンタオ)(1位, 2011)など
主要なコンクールでも入賞を重ねており
一部では「コンクール荒らし」との噂も流れるほど。
国際コンクールの常連です。 

2010年第4回仙台国際音楽コンクールのヴァイオリン部門で
最年少入賞、聴衆賞を受賞、
続く2013年の第5回コンクールでも入賞、聴衆賞を受賞したことから、
日本でも人気があります。 
性格が良くて、柔らかい雰囲気で、小柄な容姿も
その人気に一役買っています。

若い頃から活躍しているのでキャリアは長いですが、現在26歳。
いまはジュリアード音楽院でシルヴィア・ローゼンバーグ氏のもとで
学んでいます。

2月8日にジュリアード音楽院内のホールで開催された
彼女のリサイタルへ。

彼女がまだ学生として研鑽を積んでいるおかげで、
修士課程のプログラムの一環として行われる今日のリサイタルは
学内で行われ、無料で聴けるというわけ。

現在1774年製G.B.グァダニーニのヴァイオリンを使用。 

前半は、モーツァルトのK.304のソナタ、
イザイの「バラード」を演奏して、
プログラムには掲載されていなかった、
パガニーニの「24の奇想曲」からの1曲が追加されました。

後半はフォーレのヴァイオリンソナタ 第1番と
ヴィエニャフスキの華麗なるポロネーズ 第1番。
高度なテクニックを要求する曲がこれでもかと並びます。

コンサートの1曲目は、モーツァルトが残したヴァイオリンソナタの中で
唯一の短調の曲。K.304のソナタ。曲全体を覆う哀しみには、
天才としてもてはやされて育ったモーツァルトにとっての挫折… 
職探しの失敗、母の客死、の両方が関わっているといわれます。

冒頭の演奏者自身によるMCによると、
キム・ボムソリさん自身も親類を亡くしたばかりだそう。
涙ぐみながら、亡き人に演奏を捧げると話していました。 

モーツァルトはシンプルな演奏スタイルを採用する演奏家も
少なくありませんが、彼女の演奏は、
人間の深い感情の襞を捉えて離さない
非常に叙情的なモーツァルト。
エレジー(悲歌)を聴いているかのようでした。

2曲目はベルギーに生まれた名ヴァイオリニスト、イザイの
無伴奏ヴァイオリンソナタより第3番「バラード」。
彼の代表作の6曲の無伴奏ソナタは1924年の作品。
一曲ずつにそれを捧げた若き演奏家の性格を巧みに表した、
個性的、独創的なソナタ集。

第3番「バラード」はルーマニアの傑出した作曲家・ヴァイオリニスト
であったジョルジュ・エネスコに捧げられた曲。
続けて演奏されたパガニーニの「24の奇想曲」からの抜粋のとともに、
超絶技巧で会場を沸かせます。

プログラム後半の第1曲は、フォーレのヴァイオリンソナタ第1番。
大きく流れるような美しい旋律、次々に移ろっていく調性、
随所に現れる半音階的な進行は紛れも無いフォーレの音楽的特徴。

第2楽章のヴァイオリンとピアノの優雅なため息とためらいがちな会話
第4楽章の息の長いフレーズ(キム・ボムソリさんの息は本当に長い!)
が特に印象に残りました。 

最後はヴィエニャフスキの華麗なるポロネーズ第1番。
ポーランドに生まれたヴィエニャフスキは、
パガニーニやサラサーテと同様、
ヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリニストとして名を成しただけあって
これでもかというほどの華美な技巧をまとって登場する曲。 

もちろん、キム・ボムソリさんがこの難曲を難なく
弾きこなす技術も素晴らしいのですが、
むしろ彼女が、ヴィエニャフスキがこの曲に織り込んだ
ポーランドの栄光と哀しみを象徴するような
ヴァイオリンの表情豊かな音色をうまく引き出していたことに
感銘を受けました。 

今日のプログラムは全体的に技巧的な曲が多かったのですが、
キム・ボムソリさんはロマンティックで悲哀に満ちた曲を
演奏するときに、彼女の個性が最も発揮されると思いました。

ヴァイオリンは粘着質の音色を奏で、
高音は細く鋭い線で触れたら切れそうな強さを持っています。 

アンコールに「とても仲の良い友達を紹介したいと思います」
というから誰かと思ったら、なんとリチャード・リンさんが友情出演!
仙台国際ヴァイオリンコンクールで第1位を受賞し、
いま大人気の台湾系アメリカ人のリチャード・リンさん。
そういえば彼もジュリアード音楽院でした。 


といういきさつで、豪華な顔ぶれでの
2台ヴァイオリンのアンコールで締めくくられました。 

若い演奏家の"いま"を聴くことほど楽しいことはありません。
将来「あの人の若い頃の演奏を聴いたよ、こんな風になったんだね」
と振り返る楽しみが必ずやってくるから。

今日も、若い演奏家のコンサートの中から「これは!」というのを
見つけて期待を膨らませている管理人です。



----------
2016年2月8日  @ジュリアード音楽院 Paul Recital Hall
キム・ボムソリ ヴァイオリンリサイタル 

モーツァルト: ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ホ短調 K.304
イザイ: ヴァイオリンソナタ ニ短調 「バラード」
パガニーニ:24の奇想曲 より 第24番
フォーレ: ヴァイオリンソナタ 第1番 イ長調 作品13
ヴィエニャフスキ: 華麗なるポロネーズ 第1番 ニ長調 作品4





● Related Posts




2016年2月8日月曜日

Youtubeで噂を呼び再生回数100万回超 アンダーソン&ロエ ピアノデュオAnderson & Roe Piano Duo


♪--------------------♪--------------------♪--------------------
こんにちは、MUCHOJIです。
初めて当ブログをご訪問の方は、「はじめに」をお読みください。
-----------♪------------------♪--------------------♪-----------

アンダーソン&ロエ ピアノデュオ。
Youtubeで噂を呼び再生回数100万回超。
アメリカのクラシックチャートで12週連続トップの
快挙をなしたピアノデュオ。

彼らのことを最初に知ったのは、
「エロイと評判のモーツァルトがあるよ!」
という噂を耳にしたとき。
それがこちら

ジュリアード音楽院出身のグレッグ・アンダーソンと
エリザベス・ジョイ・ロエという
二人の若いピアニストによるデュオ。

クラシック音楽の新たなエネルギーを引き出すべく
独自スタイルを追求し続け、その革新的アプローチで
世界中から注目を集めています。

オリジナルビデオはYouTubeで瞬く間に100万アクセスを
超え、エミー賞にノミネートされるという
センセーションを巻き起こしました。
音楽祭やテレビ出演のオファーが殺到中。

得意とするのは、斬新な独自アレンジと手指絡みあう連弾の妙技。
そしてピアノが生きているかのような野性的でダイナミックな2台ピアノ。

アンダーソン&ロエ ピアノデュオの演奏は、
「酔っ払ったモーツァルト」「セクシーすぎるカルメン」
なんて表現されることもしばしばですが、
決してポップ一色ではなく、
演奏はとてもオーセンティックでもあります。

クラシック音楽初心者からコンサートゴーアーまで
幅広く楽しめるプログラムと演奏。

アンダーソン&ロエ ピアノデュオによる
アイデア満載のビデオの一部を紹介。

●セクシーすぎるカルメン・ファンタジー

●禁欲と誘惑… ピアソラのリベルタンゴ

●恋人に贈りたい… ヴィヴァルディの「私の心に涙の雨が降る」

2014年9月に初来日。
彼らの生演奏を初めて聴いたときの衝撃はかなりのものでした。
これは「コンサート」なのか?「ショー」なのか?
と思わず問いたくなる公演。


ちなみに最近の若手演奏家らしく、紙の楽譜ではなく、

iPadに保存された楽譜を使用。自分で足元のBluetoothペダルで画面をめくるので、

人間による譜めくりいらず。


2台ピアノのときに2人の譜めくりを手配するのに苦労する

ホールにとっては、彼らのようなスタイルはとても助かります。

さて、演奏だけなら他にも優れたピアノデュオはいくつもありますが、
アンダーソン&ロエ ピアノデュオは、
演奏のみならず、アイコンタクト、ちょっとした仕草、MC、
といった舞台上で行われるすべてを
まるごとエンターテイメントに仕上げる所が凄い。

Youtube で彼らの演奏ビデオを見るのもよし。
でも、彼らが舞台上で作り出すエンターテイメントを
まるごと体験できるのは生演奏ならでは。
from Anderson & Roe Piano Duo website


ちなみに、下世話な話ですが、Youtubeビデオや演奏を観た人は必ず
アンダーソンとロエはカップルだよね。実際どうなの? 
と思うそうですが…
たしかに非常に親密な雰囲気で、いかにも、という感じ。
(実際に夫婦や恋人同士がデュオを組むことは多い)
ですが、実際は違うらしい(こっそり本人談)。
聴衆に疑いの念を抱かせないほど
すべて計算されたパフォーマンスとは、


【Soka University のコンサートホールがすごい!】

♪--------------------♪--------------------♪ こんにちは、MUCHOJIです。 初めて当ブログをご訪問の方は、 「 はじめに 」をお読みください。 -----------♪------------------♪---...